【横浜カルバリーチャペル】 天の窓
     
2022年7月3日

「七夕の祈り」

なぜ七つの夕と書いて「七夕」と読むのか気になりました。七月七日の夕という意味で、年に一度、織姫と彦星の願いが届き、天の川を渡って会える日とされています。そんなところから、笹の葉に願い事を書いた短冊を吊るすのでしょうか。

勿論、聖書には「七夕」はありません。神が世界を創造された記録、創世記1章を見ますと、「夕」は六つしかありません。創造の第一日目から第六日目まで、全て「夕があり、朝があった」(新改訳聖書)で一日が閉じますが、第七日目には「夕」も「朝」もありません。

神にとっては創造の完成を祝した最後の第七日目。でも、それは六日目に創られた人には第一日目です。人が創造の最初ではなく最後に創られたのは、人がこの地に生まれた時には、私がここに生きるに必要なすべてのものを神は既に備えてくださっているという事を意味しています。その神が全てを備えて下さった事を、共に集って神に感謝と礼拝をまず献げるのが、私達、人の第一日目であり、人の一週間はこの主の日/聖日(日曜)から、ここから始まるのです。

そんな神への感謝と賛美から始める一週間を重ねた先にあるもの、やがてこの地での六日間を終え、神の聖なる七日目に迎え入れられる私達、そこにはもはや「夕」も「朝」もありません。こんな私をも愛して、天での再会を待ちこがれた主が、私を永遠の休息と喜びへと迎えてくださる神の第七日目なのです。

今週、七夕の夜空に、そんな永遠へと流れる神の「天の川」を見上げ、アブラハムのようにどこまでもこの御方を信じ、主にある大きな夢と再会の喜びをこの胸に、今日もまた、この一週間を主と共に歩み出そうではありませんか。