【横浜カルバリーチャペル】 天の窓
     
2022年1月16日

「竹に見る」

あるビジネス誌の新年号に「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助氏の新年の言葉を読みました。「竹に節がなければ風雪に耐えるあの強さも生まれてこない。 竹にはやはりフシがいるのである。 同様に、流れる歳月にもやはりフシがいる。 ともすれば、とりとめもなく過ぎていきがちな日々である。せめて年に一回はフシを作って身辺を整理し、長い人生に耐える力を養いたい」。

新年を人生の「フシ」と捉えて、襟を正す日本人の感性は素晴らしいものだと思います。竹は不思議な植物です。 中身は空っぽで節があり、木でもなければ草でもない。 しかし、節のおかげで上に上にと高く伸びても強度が保たれるそうです。 また一節目が割れると一気に割れていきますが、その一方で簡単には折れないしなやかさも持ち合わせています。私達も、ただ何となく続く信仰ではなく、毎年、聖書通読を重ねて信仰の節目を得、主にあって「強さ」と「しなやかさ」を備えたいものです。

リオとロンドン五輪、体操個人総合連覇の内村航平選手が引退を表明された。まさしく無敵だった絶対王者の言葉の中にこんなものがありました。「これまで勝利だけが幸せと満足を与えてくれると思っていたが、そうではないことを知った」と。私達の世界は、これまでずっと「強さ」を追及してきました。しかし、強さだけはなく、竹のような「しなやかさ」も備えていなければ、これからの時代、厳しい人生の風雪に耐えうる本物の勝利者にはなれないでありましょう。竹のように上へ上へと真直ぐ天を目指すためには、信仰の「強さ」だけでなく、簡単には折れない「しなやかさ」もなくてはなりません。今年も、神の御前に聖なる節目を作り、襟を正して御言葉から多くを、上へ上へと学ばせていただこうではありませんか。