| 【横浜カルバリーチャペル】 天の窓 |
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2017年8月27日
武井博 名誉牧師 著
「いのちのことば社」から執筆を依頼されて、「成長」という教会学校の教案誌にエッセーを連載してきました。その連載の最終号がいよいよ明日発売される予定です。最終回は、私共の本部教会である大和教会の久保田 豊伝道師(34歳)の日曜学校との関わりを取り上げさせていただきました。28歳で牧師に就任された大川従道先生が、教会員の青木かのゑさんの古い、オンボロなお宅(失礼!)に来られ、いきなりポンポンと床の上でジャンプしながら、「青木さん、この床さえ抜けなければ大丈夫!ここで家庭集会を開きましょう!」と宣言されたそうです。そして、後に日曜学校も、、、、。 さて、久保田伝道師のお母さんの民子さんは、若い時からこの青木さん宅の家庭集会や日曜学校で、中心的な働きをされたご婦人でしたから息子の豊君は物心ついたばかりの頃から、欠かさず青木さんのお宅の日曜学校に“参加”していました。 ところが、豊君は日曜学校でなされる学びにはほとんど参加しませんでした。いや、参加はしていたのですが、何もわからず、一人遊びをしている状態だったそうです。しかし日曜学校に行くことは好きでした。青木のおじさんとおばさんが、いつも満面の笑顔で、「よく来たね、ユタ坊!」と温かく迎えてくださるからでした。ところが、豊君は学校に行くようになっても、さっぱり授業内容がわからなかったそうです。そんな状態ですから、高校への進学はほとんど絶望的でした。そして、ようやく入れそうな学校を探し当てて、どん尻の成績(本人の告白)で入学しました。 高校に入った豊さんは、さすがに、「これではいけない」と自覚し始めたそうです。そう言えば、彼は中学2年生の時に、自分の罪を自覚して苦しんだことがありました。毎晩、地獄に落ちて死ぬという恐ろしい夢を見て恐怖の夜を送ったのです。その体験の中で、自分のような子どもでさえ、死の恐怖にとらわれるのだから、お年寄りの人たちは大変だと同情しないではいられませんでした。そして、「そうだ、僕は将来お年寄りのお世話をする仕事に就きたい!」と心に決めたのでした。何気なく参加していた日曜学校でしたが、彼に人間の罪ということを知らせたのです。 豊さんは、そのことを思い出し、その希望を実現するために、勉強に励み、専門学校の介護福祉科、更に、鍼灸医療科にも進みました。そして、「信仰者として用いられるためには、神学校に入った方がいい」と大川先生から言われ、大和の神学校に入学し、ついに大和教会の伝道師になられたのです!日曜学校は小さい時はよくわからなくても、どこかで人間に必要な真理を学びとる場なのです!わが教会の日曜学校にも、ハレルヤ! |