| 【横浜カルバリーチャペル】 天の窓 |
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2017年4月16日
「Last Dance 人生の通過点」
2014年ソチ五輪、ショートプログラムを終え、まさかの自己最低16位。転倒と失敗を重ねメダル絶望的となり多くのファンが嘆いた。しかし幾多の試練を乗り越えて来た浅田真央は諦めなかった。翌日フリー演技の為にリンクに現れた彼女の背中に、誰かが日本語で「真央ちゃん、がんばれー」と叫んだ。「できる」と覚悟を決めた彼女の演技は、最高難度レベル4の苦手だったジャンプを含め、6種類ものトリプルジャンプを全て着氷させた初めての女子スケーターとして、自己最高得点を見事にたたきだしたのである。演技が終わって、天を見上げた彼女の目から大きな涙がこぼれて泣いた。その姿は世界を感動させ、世界は真央と共に泣いた。「伝説の演技」と今も称えられる4分間であった。 わずか15歳でグランプリファイナル優勝。世界一の座に着いた浅田真央選手。トリノ五輪出場年齢制限に僅か87日足りず、世界女王のいない五輪となった。4年後のバンクーバー五輪では、自己最高得点を出しながらも、韓国キム・ヨナ選手の圧倒的世界最高得点の前に破れ、銀メダルで泣いた。輝かしい経歴を持つ真央選手も、ケガやプレッシャーに苦しめられ、もう「スケートをやめたい」と思い詰めた日々もあったと語った。そんな浅田真央選手が、先週、引退を表明した。世界中のファンとライバル達にも惜しまれながら、僅か26歳にして21年間の選手生活に自らピリオドを打った。左ひざのケガに苦しみ12位に終わった昨年12月の日本選手権大会が、浅田真央選手のLast Danceとなった。「真央ちゃん、本当にご苦労様でした。私達は真央ちゃんと共に泣き共に笑い、どれほど力と元気をいただいた事でしょう。心からありがとう」と私も言いたい。彼女の公式ブログには、彼女自身の気持ちと皆への感謝が綴られている。そこには「(引退は)人生のひとつの通過点であり、この先も新たな夢や目標をもって、笑顔を忘れず前進して行きたい」と実に真央ちゃんらしい言葉が残されていた。 今日は主の復活を祝うイースターである。キリストが死の力を打ち破り、墓から蘇られた日である。死は私達にとっても終着駅ではなく新しい世界への出発であり、ひとつの通過点に過ぎない。だから私達も真央ちゃんのように苦しくても最後まで諦めず、主に在る夢と目標をもって、笑顔忘れず前進しようではないか。Happy Easter! |